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無題

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想像以上に酷い、と蔵馬は眉をひそめた。この街に足を踏み入れてから既に一時間以上歩き回っている。砂埃と死臭の混じった不快な空気の中を進みながら蔵馬は訝っていた。この街には、最早一つの生命も残っていないのか。

「皆、死に絶えてしまったんでしょうか?」

彼女の思いを見透かしたように、隣を歩く青年が久々に口を利いた。蔵馬の腹心の部下・楠樹だった。

「かもしれないな。」

溜め息と共に蔵馬が答えた。魔界一の勢力を誇る盗賊団の総長とその片腕がこの廃墟を訪れた本来の目的は、街の何処かに眠る古代都市の隠し財宝……だったはずなのだが、あまりの惨状に二人ともすっかり当初の用件を忘れてしまっていた。

「信じられない、ひと月前までは三十層でも最も栄えていた都市だったのに……」
「躯の軍隊にやられたらしい。馬鹿な奴らだ、大人しく服従していればここまで悲惨な目に遭わずに済んだだろうに。」
「意に沿わぬ同盟を結んだら、躯の手足に成り下がるだけでしょう。」
「たとえ屈辱に甘んじることとなっても守らねばならないものがある。治世者がそれを忘れていいはずがない。」
「……」

楠樹は口をつぐんだ。いつもは女性のような美貌に不釣り合いな剛胆さを見せる彼が、この街に入ってから何かに怯えている。声にこそ出さぬものの、顔は蒼くうつむいたまま歩いている。それを見かねて蔵馬が声をかけた。

「昔を思い出すのか。」
「えっ? いえ、別に……」

楠樹がうろたえ、首を振った。大貴族の跡取り息子として生まれた彼が、戦火で家族と家を失い盗賊団に合流したのはもう百年も昔のこと。しかし、当時まだ幼かった彼の精神的外傷〈トラウマ〉が容易く消えるものでないことは蔵馬とて充分に承知している。

「少し休もうか。」
「済みません……」

消え入りそうな声で答えた楠樹を、蔵馬は大きく割れた石壁の陰へと誘った。かつてこの街の繁栄を支えてきたのはこの壁……今や瓦礫となってしまった巨大な城砦だった。山のようにそびえていた城砦をここまで粉々に破壊する軍隊とは、如何ほどの戦闘能力を誇るのだろう。出来ることなら正面衝突は避けたいと、蔵馬は冷静に思いを巡らした。竹の水筒から水を一口飲み、楠樹は深々と息を吐いた。

「凄まじいですね。オレの故郷も戦で壊されたけど、ここまで惨くはなかった。」
「ここまでするのは只の八つ当たりだ。優れた人材と発展した文化、それを全部破壊するなんてあまりに頭が悪すぎる。」
「御頭、これだけ凶暴な躯が女だってのは本当なんですか?」
「本当さ。だから時々ヒスを起こす。オレを見てれば分かるだろ?」

蔵馬の冗談に楠樹もようやく笑顔を見せた。が、やはりいつもより弱々しい表情だった。

「どうする、もう帰るか?」
「そうですね。生存者もいませんし、この状態では目的の物が残っているとは思えませんし……」
「とんだ骨折り損だったな。まあ仕方ないさ。」

蔵馬が立ち上がり、楠樹も後に続いた。元来た道を辿り、二人は外れの森で待つ仲間達の元へ足を速めた。楠樹は死の影色濃く漂う街を一刻も早く立ち去りたい様子だったが、蔵馬は先と変わらぬ足取りで歩を進めた。彼女がこのような惨状を目の当たりにするのは実は初めてではなかった。

『酷い……』

思わず漏らした言葉に、隣の男も頷いた。

『本当に、ここまでするかよ。』

遠い昔、蔵馬は今は亡き親友・黒鵺と共に廃墟の街を訪れていた。今以上に混沌とした時代だった。群雄割拠の戦乱の世、幾つもの都市が興り滅びていった。魔界の覇権を争う者達の陰で、弱い命がいくつも使い棄てられ消えていった。二人が足を踏み入れたのはそんな中で生き残れなかった小さな街の跡……吹きすさぶ風と砂塵の舞い上がる音以外、何も聞こえない静寂の場所だった。あまりに空虚なその光景に、蔵馬は激しい衝撃を覚えた。

『どうして、こんなことに?』
『この魔界が誰の物か、まだ決まってないからさ。』

動揺する蔵馬とは裏腹に、黒鵺は冷静だった。

『それはそうかもしれないけど、でもそれって、本当に決めなければいけないことなのか?』
『さーな。でも、それをみんな決めたがってる。魔界を是非、自分の手にってな。』

そう言いながら黒鵺は、足元の小石を拾いひび割れた石の壁へ向けて投げつけた。辛うじて形を保っていたその壁は、小石一つの衝撃でがらがら音を立てて崩れ始めた。

『結構、風化も進んでるな。』

黒鵺が肩をすくめた。

『勿論、オレは誰かが魔界を独占するなんてアホらしいと思うぜ。だけどこんな状態が続くのも嫌だし、力任せの成り上がりにどうにか出来る世界じゃない。アホに牛耳られるくらいならオレとお前で魔界シメちまおうって、そう思ってるだけ。』
『解ってるよ。オレもお前も欲しいのは権力じゃない。闘わなくても生きていける世界なんだ。』

蔵馬が答え、黒鵺が頷いた。と、蔵馬はふと二人の数歩先に“生きているもの”を見つけた。

『あ……!』

瓦礫の中にたった一輪、小さな花が咲いている。駆け寄った蔵馬は、廃墟の中で初めて見つけた生命をいたわるように両手で包み込んだ。

『こんな廃墟の中で……花が咲いてる。』
『本当だ。』

黒鵺も近づいて小さな花を覗き込んだ。淡い紅色の花片が彼の動きに合わせて揺れた。

『すげぇな、これだけ破壊されて粉々になっても命は再生する。廃墟に根を下ろして花を開き、新しい命を生む。そしていつかこの廃墟を覆い尽くす日がきっと来る。』
『そしてその時はきっと、またこの街に人が戻ってくるんだ。』
『ああ。』

黒鵺が微笑った。

『どれだけ打ちのめされても立ち上がる力を持っているんだ、花も人も。』

そう言いながら彼はそっと指を伸ばし、傷つけぬよう注意深く花に触れた。

『でもな蔵馬、』
『何?』
『……』

黒鵺が何かを呟いた。蔵馬が頷いた。二人はいつまでも、小さな花をじっと見つめていた。

「! 御頭、あれ……」

突然楠樹が声を上げ、蔵馬は意識を引き戻された。彼が指さす方向で一瞬、何かが動いた。

「生存者が!」
「!」

瓦礫の中を動く人影がいる。蔵馬が走り出し、楠樹が後を追った。廃墟の陰に佇んでいたのは何と、年の頃十そこらと思われるまだ幼い少女だった。

「おい、こんな所で何をしているんだ?」

蔵馬が声をかけた。少女は怯えたように顔を上げた。顔は薄汚れ、服はボロボロだった。腕には大きな傷の痕があり、満足な治療も受けられぬままに塞がったためか皮膚が醜く引きつれていた。

「他に誰かいないのか? 家族は?」
「……家族は、いません。みんな、死んじゃったから。」

少女が答えた。蔵馬は身をかがめ、彼女と同じ高さに視線を合わせてその顔を覗き込んだ。

「どうしてこんな所に留まっているんだ。食べ物だってろくにないだろうに。」
「大丈夫です、私の分くらい。」
「でも、お前くらいの子供が一人でいていいはずがない。」
「他に行く所もないから……。」

そう言いながら少女は首を振った。と、蔵馬は彼女が手にしている意外な物に目を留めた。それは小さな熊手と、まだ若い植物の苗木だった。

「それは?」
「庭に生えてたんです。母さんが、ずっと大事に育てていた木。だから、もっと広い所に移してあげようと思って。」
「『移す』?」
「沢山のおうちに生えていた方が淋しくないから。」

蔵馬はじっと苗木を見つめていた。その眼差しが次第に遠くなった。ふっと表情を和らげ、彼女は連れを振り返った。

「楠樹、お前先に帰れ。」
「は? ……えっ!?」

蔵馬は再び少女に向き直り、優しく尋ねた。

「まだ苗木はあるのか?」
「え、はい。庭にまだ木とお花が。」
「オレも手伝うよ。そういう訳だ、先に帰ってろ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい! オレもやりますっ!」

楠樹が慌てて遮った。蔵馬が笑った。

 風も凪に入り、廃墟の街には静寂が訪れていた。帰り道、自陣へ戻る道すがら、楠樹が遠慮がちに尋ねた。

「御頭、あの……どうして、あの少女を手伝おうと思ったんですか?」

蔵馬が振り返った。

「それに貴女なら、ちまちま植え替えなくてもあの苗を大きな森へ変えることくらい造作ないでしょうに。」
「馬鹿言え、この街を再生するのはオレじゃない。あの子と、あの子が植えた植物なんだ。」

蔵馬が静かに答えた。楠樹はしばらく考えていたが、ふと足を止めて廃墟の街を振り返った。

「何だかオレ、分からなくなってきました。」
「何が?」

蔵馬も振り返った。楠樹はじっと、瓦礫となったかつての城砦を見つめていた。

「オレ達は今、『この世を変える』なんて言いながら魔界の勢力争いしてるわけですよね。でも、オレ達が必死になったところでなかなか世界は変えられない。弱い物は虐げられ、何度も何度も打ちのめされている。だけど彼らはその度に自力で這い上がるんです。だったら、オレや貴女が今闘ってるのは一体何のためなんだろうって。」
「お前がそんなことで迷うなんて、不思議だな。」

蔵馬が笑った。

「オレ達が闘ってるのは、お前のような思いをするヤツが二度と現れないようにするためだ。傷ついても立ち上がる、その通りさ。だけど、お前だって本当は、傷つきたくはなかっただろう?」
「…… ええ。」

楠樹が頷いた。蔵馬が微笑った。記憶の中で、あの時の黒鵺の言葉が甦る。

『この花が、二度と傷つかないといいな。』

……そう呟いた、彼の声が。

「考えすぎは良くないぞ。さあ、帰ろう。」

姉が弟を諭すように、蔵馬はとん、と楠樹の肩を叩いた。

【完】

シルフィード

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いつからだろう?

気がつけばあの栗色の髪に視線奪われ、
一日の半分を、思考の半分をあの笑顔に奪われていた。

胸が騒ぐ。冷たい水張り詰めた湖の水面に静かな波が走る。

…僕の心を今、一陣の風が吹き抜ける…

「どうしたんですか、セイラン様?」

穏やかな昼下がり。学習に来ていたアンジェリークが、無意識に漏らした僕の溜め息を聞きつけた。

「何でもないよ、ちょっと疲れててさ。」
「大丈夫ですか? その…最近のセイラン様、何か変ですよ?」

心配そうな顔でアンジェリークが僕を見つめている。確かに最近の僕は変だ。変じゃなきゃ、こんな想いを胸に抱えることもない筈だから。

あの笑顔が、あの瞳が脳裏にちらついて離れない。
あの人が僕を振り返る。ゆっくり…碧い瞳で僕を見つめて、そして笑いかける…

「セイラン様? …セイラン様っ!」

アンジェリークの呼び声で、やっと現実に返った。

学習が終わり、僕は何かに誘われるように森の湖へやって来た。昼間のプラチナのような太陽の光は今や赤銅の輝きに沈み、流れ落ちる滝の水飛沫を琥珀の色に染め上げている。「この滝に願いをかければ念じた人が現れる」…そういえば女王候補達がそんな噂話をしていたっけ。もしかして、僕がフラフラここまで辿り着いたのも誰かが僕を呼んだから? 辺りを見渡してみたけど、僕以外に現在ここで時間を持て余している暇人はいないようだ。

僕はふと思う。祈りの力で人を呼びつけておいて、自分はさっさと帰るなんてことは出来るだろうか。呼び寄せてみようか。今の僕がそうであるように、何かに誘われたように「あの人」はここに現れ、首をひねりながら帰っていくに違いない。

「あれ、セイランさんじゃないですか!」

調子っ外れで呑気な声に、僕は10センチくらい飛び上がった。僕の心を掻き乱している台風…風の守護聖ランディ様が森の湖に現れたのだ。

「驚いたなあ、こんな所で貴方に会うなんて。」
「…僕も、ね。」

まさか、僕の胸の内を見透かしたのか。僕は精一杯憎々しげな目で滝を睨みつけてやった。ランディ様が眉をひそめた。

「何おっかない顔してるんですか。セイランさん、ここで何を?」
「別に、何となくさ。」
「ひょっとしてさっきまで誰かいました?」
「いや、ずっと一人だけど。」
「じゃあ違うのか。」

ランディ様は悪戯っぽい視線を僕に向けた。

「いや、この湖の滝には念じた人を呼び寄せる力があるっていうから、誰かがセイランさんをおまじないで呼んだのかと思ったんですけどね。」
「…」

無邪気な様子に応える言葉もない。この人は、呼び寄せられたのが自分の方とは全く気づいていないようだ。

「ね、セイランさん。女王候補の様子はどうですか?」
「どうって、貴方も見てる通りだろ。惑星の育成も順調、学習態度も熱心だよ。」
「そうじゃなくて! 最近宮殿で噂なんですよ、アンジェリークが貴方に恋してるんじゃないかって。」
「何だって!?」

素っ頓狂な声を上げた僕を見てランディ様はニヤニヤした。

「最近アンジェリーク、俺達と喋っててもセイランさんの話しかしないんですよね。占いの館に通い詰めてるって目撃情報もあるし…告白も時間の問題じゃないかなってオリヴィエ様が言ってましたけど。」
「…その秘めた想いを貴方がこうしてリークしたわけだ。」
「えっ!? いや、俺、そういうつもりじゃっ…」

大慌てしているランディ様を後目に、僕は大きく溜め息をついた。僕自身、とっくにアンジェリークの僕を見つめる眼差しが変わったことを知っている。気づかない振りを装い、あくまで教官として彼女に接するように気を遣っていた。僕がつれないせいか彼女が最近、少しずつ積極的に出てきたことで周りも気づくようになったことは想像に難くない。が…

「ランディ様、貴方その話…どこから聞きつけたの。」

色恋沙汰には疎いランディ様までが知るところになるとは思っていなかった。

「え? いや…気づいてましたよ。」
「気づいてた?」

ランディ様は大きく頷いた。

「前にアンジェリークが俺に話してくれたことがあるんですよ。日の曜日に高台までレイチェルとピクニックに行った時、貴方がそこで絵を描いてたんだそうです。ただそれだけの話だったんですけど、セイランさんのことを喋るアンジェリークが何だかはしゃいでたから。」
「!」

僕がギョッとしたことは言うまでもない。この人が鈍いなんて、誰かが決めつけた固定観念だったんじゃないのか? なるほど、多分ランディ様は「他人が自分を」どう思っているかということに鈍感なだけなのだ。他人のことには変に気が廻るくせに、自分のことになると無頓着な人間というのはどこの世界にもいる。

僕の焦りを無視するかのようにランディ様は無責任に続けた。

「こうなったら後は貴方次第だと思うんですけど…」
「悪いけど、僕は彼女に特別な興味はないよ。」
「そうなんですか!? へえ、そうなんだ。」

ランディ様の意外そうな態度に僕は苛立った声をぶつけた。

「だいたい仮に、僕がアンジェリークと恋に落ちても貴方には関係ないだろ?」
「いーや、大アリですよっ! 今何のために女王試験やってると思ってるんですか!」

急にランディ様は大きな声を張り上げた。話の飛躍に僕の方が驚いた。

「女王の道を捨てて恋を採るってことは…言葉は悪いけど、女王試験の途中放棄なんですよ!? ひいては新宇宙の未来が変わる大事件なんですから!」

新宇宙?  …なるほどね。僕はランディ様を醒めた眼で見つめた。

「…つまり、貴方にとっては個人の尊厳より宇宙の安定が大事なんだ。」
「勿論、俺なんかに女王候補の未来を縛る権利なんてありませんよ! でも…俺は守護聖だから…宇宙の心配をするのは当然でしょう!?」
「…」

急に胸が痛んだ。僕を見つめるランディ様のブルーの瞳は、沈みゆく太陽の中でも昼間の空の碧を残して輝くようだった。その瞳が急に遠い存在に感じられる…そう、彼はこの宇宙を統べる女王陛下の守護聖。彼の眼に映っているのは僕と向き合うこの現在ではなく、果てのないこの空、宇宙の未来なのだ。

「…貴方は、この女王制度に疑問を感じないの?」
「えっ?」

ランディ様は僕の唐突な質問に驚いた様子で聞き返した。その瞳を精一杯の力を込めて見つめ返す…視線と視線、激しい二つの力がぶつかった。

「聞かせてほしいんだ。貴方はこの宇宙の幸福と発展とやらのために、自分の大切なものを一体幾つ失ってきたんですか? 夢を持つことも、自由に人を想うことも、何もかも許されない立場にどうして甘んじていられるの? 守護聖だけじゃない、女王陛下だってそうさ。何も分からず聖地に引っ張ってこられて、力が失われたら用済みとして捨てられる。そんな人生、どうして納得して受け入れられるんです? どうして…?」

聖地に来て、ずっと不思議で仕方なかった。永遠に続く安らぎの土地。行き交う人々は宇宙を支える者の自信と誇りを抱き、この地での永い時間を全うしている。彼らが自らの終わりを思うことはないのだろうか? 外界に降りた時、誰一人として知る者のいない世界を彼らはどんな思いで受け入れるのだろう。

長い沈黙が続き、ようやくランディ様は切り出した。

「…失ったものがないと言ったら嘘になりますけど、」

大きく一つ息をつき、彼はゆっくりと話し始めた。

「俺、貴方の言うように守護聖になって色んなものを失くしました。友達も家族も、もう二度と会えないって…そう思ったら悲しくて、聖地に来たばかりの頃は一人で泣いてたこともあったんです。そんな俺を勇気づけてくれたのが、仕事で向かったある惑星の人達でした。」

一瞬、ランディ様の横顔を懐かしさがよぎった。

「…その日の夜、俺はなかなか眠れなかったんです。新米の俺に、本当にこの惑星を救えるのかって…不安だった。実は俺、あの頃はまだ自分の内に眠る力を思い通りに扱うことも出来なかったんです。目の前の傷ついた人達に俺は何も出来ない。それが悔しくて情けなくて、一晩中泣き通しました。そんな状態だったから次の日、真っ赤な目の俺をみんなが心配してくれて…。思い切って俺、みんなの前で不安を打ち明けたんです。」

ランディ様は思い出に耽るように瞳を閉じた。

「変ですよね、勇気を与えるはずの風の守護聖が逆にみんなに励まされたりして。みんな口々に頑張れって…俺を応援してくれました。そして、ある人が俺にこう言ってくれたんです。『我々は貴方を信じている。貴方はきっと立派な守護聖になる』って…それで俺、嬉しくてまた泣いちゃって…。」

ランディ様の顔に微かな笑みが浮かんだ。ゆっくりと碧い瞳を開き、彼は話を続けた。

「…聖地に戻って、俺はその惑星に風のサクリアを贈りました。助けられたのは俺の方だった。少しでもみんなにお礼がしたかった。そう思ったら…自然に力のコントロールが身に付いたんです。ね、セイランさん…俺は聖地が、この仕事が好きです。この宇宙が俺を必要としてくれることが嬉しいんです。偉そうな言い方だけど、俺も宇宙をいい方向へ導いていけるって…そう感じる瞬間が、今の俺の生き甲斐なんです。」

はっとして、僕はランディ様を見つめた。彼は決意を秘めた眼で深い紫と紺のグラデーションに染まる北の空を見上げていた。この人は強いのだ。はっきりと断言した言葉の端に、彼の想いが痛いほど感じられた。自らの使命に高い理想を掲げ、信念を持って取り組んでいる…そんな彼が羨ましくさえ思えた。

ここに来た時から陽は大分傾いてきている。ランディ様の横顔は紅い太陽の光を照り返し、金のシルエットを浮かび上がらせていた。夕暮れ時の風が柔らかなその髪の毛を揺らしている。

(綺麗だ…)

素直にそう思った。遠くの宇宙を見据える、真剣な碧い瞳が綺麗だった。きっとこの碧が宇宙で一番、美しい碧。どんな宝石を積み上げても、貴方の瞳にはかなわない。

…ああ、そうだったのか。僕はきっと、初めて出逢った瞬間から、その瞳の熱に憧れていたのだ…

「貴方がさっき言ったこと、一つだけ…訂正させて下さい。」

小さな声でランディ様が呟いた。

「本当は、俺達みんなが納得して自分の運命を受け入れているわけじゃないんです。俺だって…本当は未来が少し怖いんです。」

ランディ様はちょっと、悲しそうに笑った。

数日後、僕はアンジェリークの告白を聞き、そして断った。辛いだろうに涙を懸命にこらえる彼女を見て、いい女王になるだろうと…そんな予感がした。

静かな学芸館の僕の部屋。今日はもう客人も来ないだろう。僕は奥からイーゼルを運んできた。昨日張ったばかりのまっさらなキャンバスを見つめ、そして眼を閉じる。

眼に沁みる明るい若葉、柔らかな陽の光、そして生涯忘れることのないであろう、鮮やかな聖地の碧空。その中で貴方が笑っている…誰かに手を振っている。未来への希望を風に乗せて運ぶ、碧い瞳のシルフィード。その笑顔に、真っ直ぐな眼差しに僕は惹かれた……

久々に描く人物画に緊張しつつ、僕は白いキャンバスと向き合った。

相互理解

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感性の教官セイランは庭園を歩いていた。紫に近い光沢を帯びたコバルトブルーの髪の毛が鬱陶しげに白い顔へまとわりつくのも気にせず、彼はただ一つの関心事…今一番の悩みに思いを巡らせていた。

(あんなつもりじゃなかったんだ。)

溜め息をついて独り言を呟き、取り返せない言葉へ言い訳をしてみる。

『今度という今度はもう許せない!』

自分を責める、激しい言葉だった。

(過ぎた言葉であの人を怒らせてしまった。あの言葉は本気だろう。もう一週間も口を利いてない。)

『あの人』…セイランにとって特別な意味を持つ存在。出逢った日から鮮やかな碧い瞳で、自分の心を捕らえて離さない人。風の守護聖ランディに抱いた自分の感情に気付くのに時間はかからなかった。思慕の情なのに「恋」なんて言ったら生々しくて何か違う気がする。もっと精神的なものを求めているのだ。彼のように在りたい。あの強い光を放つ瞳で誰をも勇気づけてくれる彼のように…。

なのに、皮肉屋でひねくれた性格が災いしてランディに話しかける時はついつい喧嘩を売るような形になってしまう。関心を惹きたい一心のセイランを鈍いランディが理解するはずもなく、この二人は毎日のように派手な大喧嘩をやらかしてゼフェルを抜いて「聖地で仲の悪いコンビ・トップ3」の中にしっかり食い込んでいた(残りは勿論、ジュリアス&クラヴィスとオスカー&リュミエールである)。

(仕方ない、今回は僕から頭を下げよう。あの人だけには勝てないからね。)

「惚れた弱み」なんて言葉はプライドが絶対許さないけど、強情なランディは下手をすると女王試験が終わるまで口を利いてくれないかもしれない。思い立ったら即行動、意外と直情型の自分に少々驚きを感じながら、セイランは噴水の向こうにランディの姿を認めて脚を早めた。

「ランディ様!」

噴水から少し離れたベンチに腰をかけていたランディは背後からの「天敵」の声に飛び上がった。恐る恐る振り返ると宿敵セイランが何か言いたげに立っている。少々ためらいがちにセイランは口を開いた。

「あのさランディ様、この間のことなんだけど…」

そこまで口にしたセイランはランディの手元に、彼に全く似つかわしくない物体…小さな書物を目に留め、怪訝な顔をした。

「何読んでるの?」
「えっ!? い、いやっ! あのっ…」

セイランが次の言葉を挟む間もなく、ランディはタイトルを隠すように本を持って慌てて立ち上がると、セイランの方を振り返ることもなく猛ダッシュで駆け出した。

「ちょっと、ランディ様っ!?」

そそくさ小走りで消えていくランディを呆然と見送ったセイランは、決心を挫かれた苛立ちで思いっきり叫んだ。

「何なんだよっっ!!」

「詩集ですね、それは。」

くすくす笑ったのは水の守護聖リュミエール。暖かな陽射しを浴びた宮殿のテラスの下で、彼は炎の守護聖オスカーとティータイムを過ごしていた。一触即発の組み合わせのような気もするが、仲が良いのか悪いのか、この二人が一緒にいるのは結構よく見かける光景だ。

「詩集? あの人が何でそんなもの……」
「特別な詩集なんですよ。相互理解にどうしても必要なんだ…って。」

悪戯っぽい笑みを浮かべてリュミエールはオスカーに話しかけた。

「昨日はもっと大きな本を抱えてましたよね。」
「画集じゃないか?」

リュミエールは再度セイランを振り返り、彼の苛立ちをなだめるように微笑んだ。

「作品に触れれば考えを異にする人でも認めることが出来るかもしれない、と言っていましたよ。」

まだ気付かないのかと言わんばかりにオスカーが含み笑いで囁いた。

「著者はセイランって名前らしいぜ。」
「!!」

あまりに速く歩きすぎて、うっかりランディの傍を通り過ぎるところだった。逸る気持ちがどうしても歩みに表れてしまう。案外正直な自分に苦笑が漏れる。ランディは相変わらず例の小さな詩集を読んでいる。忍び足で背後から近づき、セイランはそれを取り上げた。

「せっ、セイランさんっ!!」
「書物というフィルタを通すより、面と向かって語り合う方が相互理解には有効だと思うけど?」
「……」

さーっと顔を赤くしたランディの隣に座りながらセイランは言葉を続けた。

「まずは互いの共通点を探すことから始めようか。好きなものとか教えてよ。いや…何でもいいよ、何か話そう。」

優しくなったセイランの言葉にランディは眼を丸くしたが、やがて表情を緩めた。

「それじゃあ……」

ホッとした顔で話題を選びつつゆっくり話し始めるランディを見つめ、セイランは微笑んでいた。恐らく彼自身も気付いていないだろう。その表情が他の誰に向けるものよりずっと優しかった。

(貴方と僕とは思想が違うから、時として激しく衝突したりもするけど、何でも話そう。壁を外そう。もっと貴方を知りたいんだからさ…)

この地で過ごす時間への期待に高鳴る鼓動を鎮めようとセイランは深呼吸をした。至高の碧…風の守護聖の瞳と同じ色をたたえて空は果てなく澄み渡っている。柔らかな風にも似た昼下がりの時間を、二人は穏やかな気持ちで楽しんでいた。

【重要なお知らせ】サイト内記事の公開停止(一部)&通販終了

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 久しぶりのお知らせがこんな内容で申し訳ございません。ずっと更新が止まっている当サイトですが、近いうちに使用システムを変更する予定です(Nucleus→WordPressを予定しています)。その際、一部の記事を残して公開を停止いたします。桜枝に著作権のある小説系コンテンツ&イラストは残す予定ですが、それ以外の記事は原則として全て削除予定です。掲示板や各記事にお寄せいただきましたコメントも、新システム移行時に全て削除いたします。ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません。

 また、ついでの告知で恐縮ですが、当サイトでの同人誌通販を終了いたします。在庫が完売した上、現在イベント参加も休止中で新刊発行予定がないためです。ご了承いただければ幸いです。

バレンタインその後

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バレンタインその後

バレンタインその後2

 というわけでバレンタイン続編です。この日1軍は宮崎から沖縄への移動日。まだ昼間なのにもう絶望してるんかいリスがコバ。

 飛行機の座席のデッサンがいい加減で、1枚目はエコノミーくらいの幅なのに2枚目はビジネスクラスにグレードアップしています(白目)。ポッキーの箱は写真からトレスさせて頂きました。

はっぴーばれんたいん

はっぴーばれんたいん
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はっぴーばれんたいん

節分に続く時候のイラスト。タイトルの通りです…て分からん! 私の描くリスがコバはどうも自己主張が激しいようで、選手本人とは全くかけ離れたキャラになっとります。チョコを欲しがるのと押しつけたがるのとどっちがいいか迷ったんですが、捕手は受け止めるのが仕事だからこの役割分担で。

パペットはなかなか表情をつけられないんですが、リスがコバは目をキラキラにさせるだけで随分変わるなーという発見をしたのがこの絵でした。

お休み

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お休み

 キャンプの休日、ネタがなかったので「休みであること」自体をネタにして描いたもの。リスがコバの尻尾はきっと、暖かくてふさふさしてて大変気持ちのいい枕に違いありません。野球選手に「腕枕」は厳禁でしょうが、尻尾ならまあ多少痛めても平気でしょう(適当