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第6章 墜落事件

蔵馬が清春の車で家まで辿り着いた三時間後。渋谷の街を、三人の妖怪が歩いていた。かつて暗黒武術会で蔵馬達と出会い、その後彼女と共に黄泉の軍門に下ったこともある男達……陣・凍矢・“美しい魔闘家”鈴木であった。

「ふー、ったく、このガキ共は何でこんな時間にこんな所うろついてんだ!?」

鈴木が呆れたように大きな溜め息をついた。

「金曜日だから尚更人の出が多いな。魔界じゃなかなか見られない光景だ。」
「犯罪の巣窟だぜ。」
「そう言うなって鈴木、そんな所の治安を守るのがある意味オレらの仕事だろ?」
「そうかもしれんが……」

鈴木は渋い顔でズカズカと足を速めた。

「……とりあえず、今のところは平和だな。」

凍矢が呟いた。

「ああ。」

鈴木が頷いた。

「トーナメントももうすぐだしな。事件のない方が有難いぜ。」
「でも体が鈍りそうで参っちまうだ。今回は蔵馬も稽古つけてくれねぇしな。」

しばらく三人の間に沈黙が広がった。言葉を漏らしたのは凍矢だった。

「問題はその蔵馬だが。」
「ああ、まったく。本人が気づかないうちに事を片付けろなんて黄泉も無茶を言うぜ。」

鈴木が忌々しそうに呟いた。

「まあ確かに人間界に被害が出たら大変なことになるからな。早く見つけて対処しなければ。」
「でもオレ達じゃパトロールするくらいしか出来ないだ。飛影の邪眼で見つからないなら打つ手なしだろ?」
「それでも準備しておかなければいけないのさ。確かに、人間界に被害が出ないよう“あれ”に対処するにはS級クラスの妖怪が必要だろうからな。」

何やら曰くありげな会話をしながら、三人は更に人の多い渋谷駅前の方角へ近づいてきた。

「……そうだ凍矢、お前最近蔵馬に会ってるか?」
「いや。……それがどうかしたのか?」
「だーっ、そんなんじゃ黄泉に取られちまうだ!! コエンマも危険だぞ!!」
「……何の話だっ!?」
「オレ達の仲じゃないか、隠すこともないだろ。」
「だから何の話だっっ!!」
「お前、武術会の後からずーっと蔵馬との再会を待ってたもんな。」
「黄泉の件でも真っ先にOKしたのはオメだったしな。」
「今回蔵馬が特訓してくれないって知ってすげー落ち込んでたしな~っ。」
「違ーうっっ!!」

ヒット&アウェー、言うだけ言って一人でさっさと逃げるように先へ進んだ鈴木が、ふと空の一点の異変に気づいて立ち止まった。と同時に、後ろで小競り合っていた陣と凍矢も何かに気づき同じ方向へと視線を向けた。
上空から空気を切り裂く音が聞こえてくる。

「……人が、降ってきた……!!」

……三人の視線の先から重力落下の式に従い墜落してきた物体は、何と人間の男性だった。駅前にたむろしていた少年少女達も事件に気がつき悲鳴をあげた。

「オレが行くだ!!」

とっさに陣が風を操り、宙へと舞い上がった。

「……とっ……!! 危ねぇ、ギリギリだった!」

地面すれすれまで落ちてきた男を、衝撃を吸収するようにフワリと風で包み込み、陣が地面へと降り立った。群集も男が無事に助けられたことを知って安堵の溜め息を漏らした。

「すげーなお前ら!」
「さすが妖怪は違うぜ!」
「ねえ、その人大丈夫!?」

野次馬達の一部が英雄となった陣達を取り囲んだ。陣はそれに答えず、抱えていた男をそっと地面に寝かせた。

「……ちょっと、この人、見たことない?」
「代々木公園でよく歌ってる人じゃないの?」
「『メンズB』でモデルやってる奴だ!」

集まってきた少女が意識のない男を見て騒ぎ始めた。墜落してきた人物……それは何と、あの鈴井清春だった。
ぴくりとも動かない清春に鈴木が近寄り、脈を取った。

「……生きてる。怪我もなさそうだな。気を失っているようだが……。」
「ただの人間が何故、建物も何もない所から落ちてきたんだ?」

凍矢がそう言って、清春が降ってきた方角を見上げた。109 などのビルが立ち並ぶ渋谷駅前だが、彼が墜落してきた地点の上空には明らかに虚空が広がるばかりだった。

「……それにしても、極端に霊力値が下がっている。こんな状態で外に放置されていたら雑霊に体を乗っ取られかねないぜ。」
「一時的に何らかの理由で消耗したのだろう。まあ一晩も休めば回復するさ。」
「でも、こいつ何で空から落ちてきただ?」

と、その時、清春が目を覚ました。

「……うっ……」
「気がついたか?」
「……え……えっ!? ここは……!?」
「渋谷駅前だ。オメ、今空から降ってきたんだ。」
「えっ!?」

慌てて飛び起きた清春はぐるりと周囲を見渡し、自分が今いるのが渋谷駅前であることを確認して蒼白になった。

「……何でオレ、こんな所に……しかも、空から降ってきたって……」
「こいつがお前をキャッチしたんだぜ。」

鈴木が陣を指差した。

「……有難うございます。助けてもらって……よく分からないけど、助かりました。」
「オメ、家はどこだ?」
「麻川駅の近くなんですけど……」
「ここからは随分遠いな。終電ももう終わっただろ?」
「というか……オレ、家で寝ていたはずなんですけど……何でオレ、着替えてるんだろう。靴も履いてるし……。」

蒼い顔をした清春の肩を、鈴木がぽんと叩いた。

「まあいいさ、オレ達が送ってやるよ。こういう時のために車買ったんだから。」
「よく言うだ。本当は樹里とのデートのためじゃない?」
「何であのウナギ女とオレがっっ!?」
「うなっ……??」
「下らない会話は後だ。行くぞお前達!」

凍矢の一言で陣と鈴木が一旦休戦した。あまり遠くないところに停めてあった鈴木の車に乗り込み、四人は麻川駅方面へと向かった。

「……しっかし、人間にしちゃエラい綺麗な顔した男だな。」

車内で鈴木が隣の凍矢に囁いた。

「どう見ても妖怪の顔だぜ。夢魔とか吸血鬼とか、“夜の眷属”の顔立ちだ。」
「確かに、お前より簡単に伝説作れそうだな。」
「あのなぁ!」
「……オメ、何か妖怪に恨み買ったりしてないか?」

運転席と助手席の不毛な会話を無視し、後部座席で陣が清春に尋ねた。

「……何もないと思います。妖怪の知り合いはいるけど……。」
「一番考えられるのは空飛べる妖怪にさらわれて、いきなり落とされたってところだけどな。」
「というかそれくらいしかないだろう。他に何かあるか?」
「うーむ……。」
「霊力が急激に消耗しているのもおかしいな……お前、本当は霊能力者で妖怪と戦ったりしてんじゃないのか?」
「違いますよっ!」
「そっかぁ? ……お前細いけど結構締まった筋肉持ってるぜ。鍛えれば結構使い物になると思うぞ。」
「いや、確かに少し運動はやってますけど……別に戦う理由もないし……。」
「そうだ!」
「何だ陣?」

陣の反応に助手席の凍矢が振り向いた。

「麻川駅って西塩野の隣だろ? “彼女”の家、近いんでない?」
「『彼女』?」
「……バカかっ!!!」

きょとんとしている清春をよそに、過敏に反応したのは凍矢だった。

「真面目な話をしている時にお前は一体何を言い出すかと思えばっっ!!」
「まあ落ち着け凍矢、そこでムキになるのは何かある証拠だぞ。」
「そーだそーだ。オレはただ、彼女なら何か分かるかもなって言いたかっただけだ。」
「なっ……!!」
「やー、紅くなってもう凍矢ってばカ・ワ・イ・イ♪」
「鈴木……貴様ぁぁっ!!」
「わ、バカ!! 車が揺れるっっ!!」

怪訝な顔をしながらやり取りを聞いていた清春は、三人の口に上っている“彼女”が三時間前まで自分の助手席に乗っていた女性だとは全く思いもしなかった。

【第6章 完】