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第2章 逢

息を深く吸って もっと深く 聞こえている鼓動
それでもまだここは それ程明るくない
“Time Has Come” – LUNA SEA

薄暗い地下通路の中。石で出来た廊下を音も立てずに素速く走り抜ける影が一つ……それは背中に漆黒の翼を持つ黒髪の少年だった。外見こそまだ幼いがその眼光や鋭くまとう妖気もギラギラとした殺気を帯びている……彼こそ今や魔界中に名を知られる天才盗賊・夢魔黒鵺だった。彼はたった今、予告状を送りつけた標的の城に侵入している最中だった。スピードを緩めず走りながらも彼は、厳しい表情で周囲に気を配っていた。

(おかしい、見張りが一人もいないなんて…予告状出したのに、何でこんなに手薄なんだ?)

いつもは大挙して待ち構えている兵士達が何故かこの城には一人もいない。不可解な状況を訝しんでいたその時、黒鵺は目前に、倒れている男達を見つけ慌てて立ち止まった。ピクリとも動かぬ彼等に駆け寄り、黒鵺の顔色が変わった。

「眠ってる……!」

ギョッとして顔を上げると、目の前に続く宝物庫の扉は無防備に開け放されていた。

(まさか!?)

男達を元の状態に転がし、黒鵺は宝物庫の中へ飛び込んだ。室内に踏み込み、彼はあっと声を上げた。

「“破邪の鏡”が、ない……!!」

部屋の中央に置かれた陳列台は硝子が破壊され、既に空の状態だった。ぐっと唇を噛んだ黒鵺は、その台の上にある“ある物”に気がついた。宝があったはずの場所に白い薔薇で留められた、小さなカード……

「…“蔵馬”…!?」

紙切れには小綺麗な文字で“蔵馬”と記されていた。

 翌昼。城下街の中心の市場にある薄暗い酒場はいつものように飲んだくれの男達でごった返していた。店の中央にある一番広いテーブルで、朝っぱらから朱い顔をした男達が大ジョッキを片手に噂話を繰り広げていた。

「聞いたか? 昨日朱麗城で“破邪の鏡”が盗まれたらしい。」
「知ってるぜ、入ったのは噂の蔵馬だそうじゃないか!」
「らしいな。いつものように白い薔薇と名前入りのカードを残していったそうだ。」
「キザなパフォーマンスだよなぁ。」

濁声で騒ぎ立てる男達からそう離れていない隅の座席。頭からすっぽり灰色のマントを被った何やら怪しい人影が、店の名物であるセンドウサギの煮込み料理を口に運びながら噂話に聞き耳を立てていた。フードで隠れて殆ど見えないが、蝋燭の灯りで時折ちらちらと見える前髪は銀色に輝いている。人影は男達から料理に視線を戻し、手元のグラスを持ち上げた。

(…まさか街で自分の噂を聞くようになるなんて、二年前は想像もしなかったな。)

グラスに注がれた紅い葡萄酒を眺め、ふと遠くなった眼差しは蝋燭の炎を照り返す鮮やかな黄金 <きん> の色……それは、二年前に故郷を飛び出し盗賊となった妖狐・蔵馬だった。

(……二年…長いようで短かった……。)

そっと眼を閉じてみる。あの日高台から望んだ故郷の里の眺めが瞼の裏にありありと蘇ってくる……それは、彼女が最後に目にした故里の光景だった。

(あの日故郷を飛び出した“オレ”は、行く当てもなく街から街へと旅を続ける生活をしていた。婚礼衣装になる筈だった宝石を売り払い、しばらくは旅の費用を繋いだ。それが尽きる頃、初めて盗みを犯した。呆気ないほど罪悪感はなかった。入ったのは悪名高い奴隷商人の屋敷。何も考えず持ち出した調度品が驚くほどの高値で売れた。)

今までの記憶が次々に蘇ってくる。ふと蔵馬はすえたような嫌な臭いの漂っていた盗品市場を思い出した。行き交う男共は一人で歩く女に無遠慮に嫌らしい視線を投げてくる……が、その市場こそ、当時の蔵馬にとって何よりの情報源だった。

(盗品を売りさばく闇市で、黒鵺の噂を聞くことが出来た。古文書や遺跡に記された古城の宝物庫破りを専門とし、一億以下の財宝では絶対に動かない。標的には必ず予告状を送りつけ、厳重に敷かれた警備を鮮やかに突破してみせる天才盗賊。加えて夢魔特有の美貌で街中の女の噂の的。しかし、実はまだほんの十代の少年だという…。)

彼女はそこで、市場で質屋を営む男と交わした会話を思い出した。

『何処に行けば黒鵺に会えるかな。』
『ネーちゃんもヤツの追っかけかい? 黒鵺に会いたきゃ七番街で体売るのが一番だぜ。』
『えっ…!?』

顔を引きつらせた蔵馬に、男はニヤニヤと下品な笑顔を見せた。

『ま、それが嫌ならあいつが予告状送った城で待ち伏せするこったな。それくらいしか確実な方法はねえよ。』
『…!』

(まだまだ足りなかった…盗賊としての知恵も力も、何もかも追いつかなければ黒鵺に会えないと思った。“経験”が欲しくて、わざわざ危険に身を投じるようになった。女の身は災難を呼び込むのに好都合だった。暴力的な男達は格好の訓練相手になった。近寄る男がいなくなれば次の街へ流れ、気付けば殺気を意識的にまとえるようになっていた。自分を“オレ”と呼ぶようになったのもこの頃……。)

その時、彼女は腕にひりひりとした痛みを感じて眉をしかめた。生傷が絶えなくなったのも同じ頃からだろう。

(…そして、一年と半分が過ぎた。黒鵺はいつしか、魔界全土でも名の知られる盗賊となっていた。彼こそが雷禅や躯に次ぐ第三の勢力になる…そんなことを囁く者もあった。オレもようやく彼を追えるだけの経験を積み、後をついて回るようになった。『もう一度会いたい』……その想いが『彼のパートナーになりたい』という高望みに変わるまで、そう時間はかからなかった。)

黒鵺を追うようになって、彼女は盗賊としての自分の適性に否応なく気づかされた。危険察知や状況判断能力、暗号や封印を破る知能、最小限の犠牲で危険を切り抜ける戦闘スタイル……どれをとっても現在名の通っている盗賊に引けを取らないという自負はある。

(そう……あの黒鵺と手を組めるのは、オレだけだ。)

その時、隣のテーブルで再び酔っぱらいの声がして蔵馬は意識を引き戻された。

「後ろ姿を見た奴によると、蔵馬は銀の髪をした妖狐らしいぜ。妖狐ならツラの良さもお墨付きだな。」
「へえ、最近は美形盗賊が流行りなのかね。女共がキャーキャー騒いで捕まえる方が悪党扱いだぜ。」

オレは女なんだけど……と蔵馬は一人苦笑した。

「美形盗賊といえばさ、朱麗城って確か、あの黒鵺が侵入予告を出していなかったか?」
「ああ、どうやら先を越されたらしい。これで今月ニ度目、今年に入って七回目だ。」
「相手は全部蔵馬なんだよな? 蔵馬が有名になったのも白薔薇と黒鵺の先回りのお陰だろ。」
「名前を売るのがうまいぜホント。」
「きっと黒鵺のヤツも腸が煮えくり返ってることだろうさ。」

男達の噂に蔵馬は小さく肩をすくめた。……丁度同じ頃、その彼女から少し離れた一人用の席へ店の主人が料理を運んでいた。

「はい、『センドウサギの煮込み』お待ちどぉ!」

一人分の皿を礼も言わずに受け取ったのは蔵馬と同じ年頃の少年……それは何と、噂話のもう一人の主人公・黒鵺だった。

(くそっ……またもオレに恥かかせやがって!!)

続けざまに運ばれてきたグラスに彼は零れんばかりの勢いで紅葡萄酒を注ぎ一気に飲み干した。その顔は怒りで蒼ざめ震えていた。

(“蔵馬”のヤロー、会ったらタダじゃ置かねー。絶対にぶっ殺す!)

まさかその仇敵が傍にいるとは気づかず、黒鵺は猛烈な勢いで料理に食らいつき始めた。中央の大テーブルでは男達がまだ、彼と蔵馬の噂話を続けていた。

「そういや今夜、桂花殿に黒鵺が侵入予告を出しているらしいぜ。」
「マジかよ! 黒鵺が来るってことは、もしかして蔵馬も!?」

黒鵺はその言葉にはっとしてテーブルを振り返った。男達は本人がいることにも気付かず、ジョッキ片手に盛り上がっていた。

「直接対決もあるかもしれないぞ!」
「どっちがヤるにせよ、また金持ちからスカッと決めてほしいもんだぜ!」
「それじゃ今夜の盗賊達の宴に、乾杯!」
「カンパーイ!!」

黒鵺にもプライドがあった。今度また“蔵馬”に先を越されたら盗賊稼業からは一生足を洗うつもりである。こちらの重圧 <プレッシャー> も知らず呑気なもんだ……と、彼はぶすっとした顔で二杯目の葡萄酒をあおった。その背後を、フードを被ったままの蔵馬が通り過ぎていった。

 月もなく風も静かな夜……街の中心にある巨大な城の中庭に、青々と葉をつける大木が立っていた。その枝の上に立って、城の入り口を窺っているのはあの黒鵺だった。

「…まだ来てないようだな、“蔵馬”は。」

見張りが立っているのを確認し、黒鵺は身構えた。

「先手必勝、行くか!」

たん!と枝を蹴り、彼は翼で滑空するように着地した。そのまま彼は勢いよく扉へ駆け寄り、虚を突かれた兵を軽くなぎ倒した。

「しばらく眠っててもらうぜ!」

見張りの兵士達は声を上げることもなく地面に倒れ込んだ。黒鵺は扉を見上げ、ふっと笑った。

(蔦が絡まったまま…やはり“あいつ”はまだ来てない!)

すっと右手を構えると、鋭く光る刃を持つ鎌が現れた。それを振り回し、黒鵺は蔦ごと扉を壊して侵入した。

「くそっ、今まで散々コケにしやがって。でも、今日は絶対にオレが勝つ…!」

目にも止まらぬ早業でトラップを潜り抜け、黒鵺は一目散に宝物庫を目指した。事前の下調べは万全で、宝物庫に通じる廊下なら城主よりも詳しくなっている。見張りの兵が沢山待ち構えている城よりトラップに守られたこの城のような構造の方が彼は得意だった。罠をすり抜け奥まで進んだ彼は、突如目の前に広がる透明な“壁”に気づき立ち止まった。

「…これが噂の結界壁か……でも、こんなモン合言葉さえ知ってりゃ“自動ドア”だぜ。」

黒鵺は壁に向かって両手を翳し、妖気を集中した。

「“裂破”!」

黒鵺が叫んだ瞬間、壁は強烈な光を放ち砕け散った。彼はすぐさま中に駆け入ろうとした。……が、

ヒュン!!

……突如、黒鵺の横を白い薔薇の花が掠め、足元の床に突き刺さった。

「!!」

黒鵺の足が止まった。

「待ってたよ。この壁だけどうしても開け方が分からなくて。」

突然背後からかけられた声に、黒鵺はギョッとして振り返った。

「こんばんは、同業者さん。」
「!」

…背後に立っていたのは手に茨の鞭を携えた、銀の髪の妖狐の少女だった。薄暗い地下牢に似つかわしくない目映いばかりの美貌に息を飲んだ黒鵺は、次の瞬間あることに気づいて顔色を変えた。

(銀髪の妖狐!? …まさか…)
「…お前が“蔵馬”か?」

返事こそなかったが、白薔薇によく似た少女は微笑をもってその質問に答えた。

(……オンナかよ……!!)

黒鵺は信じられないものを見るような表情でじっと少女…蔵馬を見つめていた。と、彼女がようやく口を開いた。

「…だとしたら?」
「犯す。」
「!」

不躾な言葉に蔵馬は一瞬たじろいだ表情を見せた。黒鵺は一歩踏み出すと彼女の腕を鷲掴みにし乱暴に引き寄せた。至近距離で蔵馬の顔を覗き込みながら彼は、ドスの利いた声で囁いた。

「何のつもりでオレの邪魔ばっかり繰り返してんのか、その発育過多の肉体 <からだ> に訊いてやる。」
「…こんな場所じゃ、歓迎できないな。」

少し顔を赤らめつつ、蔵馬は黒鵺の手を払い肩をすくめた。

「ただの挨拶さ。オレの実力知ってもらおうと思って。」
「“挨拶”? …宣戦布告か?」
「違う、手を組みたいんだ。」
「何だって!?」

黒鵺が叫んだ。彼は気づかなかったが蔵馬の足は緊張で少し震えていた。二年間追い掛けてやっと手に入れたこの瞬間、このチャンスだった……彼女は一つ深呼吸し、黒鵺の瞳を覗き込んで切り出した。

「…お前のこれまでの仕事、全部調べさせてもらった。」
「何だと…?」
「難しい城を次々に攻めて随分派手にやってるけど、額にしたらまだまだ大したことないよな。一人じゃ狙える獲物にも限界がある。お前だけじゃない、オレだってそうだ。だから、もっと派手にやるために組まないかと誘ってるんだ。」
「!…」

蔵馬の金の瞳が熱を帯びて黒鵺に向けられた。が、黒鵺は急に踵を返し、彼女に背を向け宝物庫の方へ走り出した。

「!! …待てよっ!」

蔵馬は慌てて彼を追い掛けた。黒鵺が鬱陶しそうに叫んだ。

「邪魔だ! ついてくんな!! 無傷で帰れるだけ有難いと思えっ!!」
「断る! “YES” の返事聞くまで帰らない!」
「やりたきゃ一人でやれ! 愉快犯に用はねーよ!!」

黒鵺が一瞬沈黙した。彼は蔵馬を振り返ることもなく、声を少し落として付け加えた。

「…オレはお前と違って、この仕事に命懸けてんだよっ!」
「!」

長い黒髪が揺れる背中を、蔵馬はまじまじと見つめた。

(…『命を懸けてる』…? 一体何の為に……)

今の自分には勿論その理由を慮る由もない。が…蔵馬は自らを奮い立たせるようにグッと拳を握り締めた。

(……理由は知らないけど、オレだってお前追い掛けて人生狂わせてるんだ! 今更後には引けない!!)

更に速度を増して駆けていく黒鵺に、蔵馬は意地で食らいついていった。なかなか遠ざかってくれない足音に、黒鵺も気になり出したのかチラリと後ろを振り返った。

(くそっ…オレの全速についてきやがる…!)

うかうかしていると宝物庫まで追い掛けられるに違いない。再び前に視線を戻し、走りながら黒鵺は考えた。

(ムカつく女だけど確かにいい腕してる……敵に回せばこの先一番厄介な相手 <ライバル> になるだろう。でも…どうやってここに入ったんだ? 見張りもいたし、扉も長い間開かれた跡はなかった。他の隠し扉でもあったのか?)

…その時だった。

ヒュン!!

「…っ…!!」

急に目前に迫った危機に、黒鵺は肝を潰した。大きな鎌のような刃のトラップが、先程まで彼の首のあった高さに横滑りして向かってきた。黒鵺は一瞬早くしゃがみ込んで難を逃れたが、刃はそのままスピードを緩めることなく彼の頭上を通過していった。

(!! …まさか…!?)
「おいお前っ!! ……あっ!!」

背後の女の運命が気になり、振り返った黒鵺は途端、驚きで眼を見張った。

「…うっ…!」

……首が飛んだのではないかと思った蔵馬は無傷のまま跪き、手にしていた茨の鞭で刃を食い止めていた。

(すげえ! あんな細い鞭で受けるなんて!! …あっ!!)

パリーン!

キリキリという不安な音を立てていた鞭は刃の威力に耐え、鎌の方が我慢し切れずに砕け散った。ふう…と息をつき、蔵馬は鞭を右手に巻き直した。黒鵺はその様子をただ驚嘆の表情で見つめていた。

(…そうか、あの茨の鞭に妖力を通わせてるんだ! この女、植物を武器化できるのか……あ!)

黒鵺はその時、あることを思い出した。長い間開かれた形跡のないように見えた、城の入口のあの扉……

(蔦は偽装 <カモフラージュ> だったのか! 見張りが来る前から入っていたんだ……!)

蔵馬が立ち上がり、呆然と自分を見つめている黒鵺に気付いて微笑んだ。

「…心配してくれたんだ。」
「!」

黒鵺の顔がさっと紅くなった。それを隠すように蔵馬に背を向け、彼は再び走り出した。

「背中で女の首が飛んだら夢見悪ィだろ!」

蔵馬の顔に微笑が浮かんだ。彼女も再び黒鵺を追って走り始めた。しばらく二人は同じ距離を保ったまま、奥へ向かって走り続けた。と…

「!!」

突然不穏な気配を察し、二人は同時に後ろへ飛び退いた。薄暗い廊下の奥へ目を凝らすと、そこから剣を手にした二十名ほどの兵士達が姿を現した。

「ここまで辿り着くとはさすがだな。待っていたぞ曲者め。」
「女連れとは随分余裕だが、まとめて捕まえてくれるわ。」
「こいつはオレの連れじゃないっ! くそ、今のうちにさっさと逃げろ!」

黒鵺が律儀に訂正し蔵馬を促した。が、彼女はムッとした顔でそれを拒否した。

「ナメるなよ、オレも戦うさ!」
「何だと!?」
「覚悟しろっ!! …ぐわっ!!」

先程まで空だった黒鵺の手にはいつの間にやら鎌が握られていた。一瞬のうちに敵は斬られて後ろに倒れた。しかし黒鵺はそちらには見向きもせず、蔵馬に向かって悪態をついた。

「勝手にしろ! オレも可愛くねーオンナ守る義務はないからなっ!」
「何だって!?」
「覚悟しろ曲者がっ!!」
「…うるさいっ!」

間に割って入ってきた兵士達を、蔵馬と黒鵺が同時になぎ倒した。二人に襲い掛かる兵が次々に倒れて山を作り、無事な兵は策もないままがむしゃらに二人に飛び掛かった。

「死ねぇコソ泥!!」
「くそっ、まだ動けんのか!」
「邪魔なんだよっ…!!」

黒鵺と蔵馬が、同時に武器を繰り出した。

「!!……」

…その時、“信じられないこと”が起きた。黒鵺の鎌と蔵馬の鞭、二人の攻撃がぴたりと重なり、空気を激しく震わせて大きな波動を作り出した。

(エッ……?)
(…何だ…!?)

波動は唸りを上げ、生命が宿った“龍”か何かのように敵に襲い掛かった。そのまま波動は兵と廊下の石壁を一瞬のうちに飲み込み砕け散った。

「……!!……」
(今……何が起きた……!?)

二人は信じられないような表情でその光景を眺め、その後互いの顔を見つめ合った。

「くそおっ!! よくも……!!」

何とか足腰の立つ兵達が体制を立て直し、黒鵺と蔵馬に飛び掛かった。二人は互いの武器を振り回し、敵を次々になぎ倒していった。彼等の操る武器は宙で微妙に絡み合い、よく練られた舞のように完璧なコンビネーションを見せた。

(凄い……何でこんなに息が合うんだ!?)
(オレがこいつに合わせてるんじゃない。でも…こいつがオレに合わせてる訳でもない……!)

戦闘が長引くほどに同調 <シンクロ> する感覚が深まっていく。二人の顔は今まで体験したことのないような興奮で輝いていた。とうとう目の前の兵士は二人になってしまった。黒鵺と蔵馬は武器を構え直し、それぞれの技をもって最後の敵を蹴散らした。

(……すっげぇ……)
(……快っ感……!!)

すっかり廃墟となってしまった廊下で武器を引き、二人は自然と顔を見合わせた。黒鵺がニッと笑った。

「行くぜ!」
「ああ!」

蔵馬が頷いた。二人は宝物庫を目指し、更に奥へと駆け出した。

 月影はないがそのためか満天の星がいつもより美しく瞬いている。夜行生物が徘徊する森の中の小さな野原に、二つの人影が飛び込んできた。木々の間を渡ってきた人影は地面に降り立ち、ふーっと大きな息を吐いた。それは、たった今桂花殿を脱出してきたばかりの黒鵺と蔵馬だった。

「……」
「……ふっ……」

自然と視線を交わし、二人の顔が緩んだ。

「…あーっはっはっはっはっ…!!」
「ははははははっ……!!」

豪快に笑い出し、二人は地面にドサッと腰を下ろした。黒鵺が傍らの蔵馬を振り返った。

「おいお前、欲の皮突っ張りすぎじゃねーの!?」
「そっちこそ、もっと手加減してやれよ!」

蔵馬も応戦した。軽口を叩き合う二人の両手には山のような財宝が抱えられていた。二人は目配せし、それを一斉に目の前に投げ出した。ジャラジャラという音と共に、金銀宝石が星の光を集め目映く輝いた。

「大収穫ー!!」
「あんなボロい城にこれだけ隠してあったなんて!!」

蔵馬は早速、かっぱらってきた宝石箱を開けた。人間界でも馴染みの深いダイヤモンドやルビーの他、魔界の特定の地域でしか産出しない希少価値の高い鉱石まで、宝石好きの彼女は一つ一つの石を丁寧につまみ上げ賞賛の溜息をついた。しばらくの鑑賞タイムの後ふと隣を振り返ると、黒鵺は財宝には目もくれず、何故宝物庫の中にあったのか不可解なほどのボロボロの巻物を開いている最中だった。

「何それ?」

蔵馬に問われ、黒鵺はそれを彼女に放り投げた。受け取った蔵馬はさっと目を通した。巻物の頭から終わりまでギッシリと書き込まれているのは見たこともない記号の羅列……

「…暗号!?」
「魔界九層北東部の蒼龍城、そこに魔界史一の悪女・蒼龍妃の隠し財宝が眠っている……って伝説、知ってる?」
「!」

蔵馬はぽかんと黒鵺を見つめた。はっとして彼女は巻物と彼の顔を交互に見比べた。

(まさか、最初からこれが目的で…!?)

蒼龍城は約九千年前に栄華を極めた旧家・蒼龍一族の本丸であり、現在はその後権力の座に就いた他の一族が乗っ取る形で支配している、“不落城”の異名を持つ鉄壁の城砦だった。何処かに侵入経路を記した古文書が眠っているという情報は蔵馬も掴んでいたが、今の自分では攻めることなど考えられもしない“ハイレベル”な標的だった。

(かなわない…黒鵺はここよりずっと上を見ていたんだ。)

黒鵺を追い掛けるのが目的……そう思っていた自分と彼のスケールはあまりに違うような気がして、蔵馬は頭を振った。くるくると巻物を元に戻し、彼女は溜息を添えてそれを返した。受け取った黒鵺はクスクス笑っていた。

「さっきの城よりもっと面白い物が色々あると思うんだけど…お前も一緒に来ない?」
「…えっ!?」
「オレ達二人が組めば、もっと高いとこ目指せるんだろ?」
「……!!」

蔵馬の顔が驚きで紅くなった。黒鵺のアメジストのような瞳が微笑を湛えて彼女を見つめていた。

(……ああ、偶然じゃなかった。)

不意に、蔵馬の脳裏に二年前の、故郷での出逢いの光景が蘇った。

(…あの日あの花苑で出逢ったことも、あんなに強く惹かれたのも……すべてがきっと運命だった。)

彼女の想いにこそ気づかなかったが、黒鵺もまた彼女と今夜出逢ったことを何かの定めと感じていた。

(探して見つかるもんじゃない。オレの為に生まれてきたような、たった一人の相棒 <パートナー>……オレ達二人は、同じ呼吸を持ってる!)

この瞬間、蔵馬と黒鵺は偶然にも同じ想いを抱いていた。強く強く、胸騒ぎのする不思議な興奮……

(……“運命の出逢い”って本当にあるんだ……!!)

心臓の高鳴りが収まらない。“自分達は今こうして出逢うために生まれてきたのではないか”……何故かそんな突飛な思いつきを信じられるほどに、今夜の出逢いは二人にとって特別なものに感じられた……。

……気がつけばすっかり風も冷えてきたようだ。黒鵺がすっと蔵馬に右手を差し出した。

「これから宜しくな。」
「ん……宜しく。」

蔵馬が微笑し、差し出された手を握り返した。握手の温かさに二人は自然と笑顔になった。そっと手を離し、黒鵺は立ち上がって財宝を一つずつ拾い上げ始めた。

「じゃあまずはオレのアジトで祝杯挙げよっか。この前彪炎宮に入った時、年代物の葡萄酒かっぱらってきたんだ。」
「いいね、紅と白どっちが好き?」
「勿論、紅!」
「あ、オレも!」

ぱっと蔵馬の顔が輝いた。二人は顔を見合わせ頷き合い、自然とハイタッチを交わした。

こんな感じの夜は まるで初めてだけど
きっと次の光に 引き寄せられるだろう いつしか訪れるそのキミへ

新しい時が 始まろうとしてる 胸騒ぎのする 今夜は
つかまえてみよう 何も嘘じゃない キミの想い描く キミを越えた場所で

今 そのドア開けて そっと そっと
ここから始まるのさ  今
“Time Has Come” – LUNA SEA

【完】