「ほらほら皆邪魔! どいたどいた!」
小龍が大声で皆を追い払っている。板を張り終えたばかりの本陣の縁側に、項羽がにやにやしながら座っている。ようやく邪魔者を遠ざけ、小龍がその隣にぴったり腰を下ろした。
「じゃあ霧風宜しく!」
「了解。」
促されて私はシャッターに指を掛けた。液晶画面の中に、片方は絆創膏だらけだが、それを除けば殆ど見分けのつかない笑顔が並んでいる。
カシャッ
「はい、おしまい。」
「サーンキュ!」
放り投げたデジカメを小龍がキャッチした。
「オレにも見せて! おー、今回もイイ男に撮れましたなぁ。」
「ちょっと遅くなったけど、また一枚無事に写真が増えました。」
画面を覗き込んで二人がはしゃいでいる。遠巻きに眺めていた劉鵬が苦笑した。
「ったく、こっちの苦労も知らんで項羽のヤツときたら。」
「でも良かったですね。やっぱ双子は二人揃ってこそ双子ですよ。」
麗羅がくすりと笑った。
「まぁ今回は首の皮一枚繋がったけどよ、一体いつまで続くかねぇこの記念撮影。」
小次郎に冷やかされ、むっとした顔で小龍が振り返った。
「ずっとだよ。この先ずーっと!」
「そう言いながら来年はお前が行方不明かもしれんぞ?」
「任せとけ、二人して死んだら並んだ墓を撮っといてやるからさ。」
「お前らそれでも仲間かっ!?」
際どい冗談を笑い合えるのも様々な出来事を乗り越えた結果だ。やり取りを聞いていた項羽が口を開いた。
「まぁ、次はちゃんと誕生日に撮ろうな。でも来年はどうだか。」
「えっ?」
皆が振り返った。小龍が瞬いた。
「どういうこと?」
「そりゃあ、その日の主役はオレが一人で頂く予定だからさ。」
そう言って項羽は意味ありげな微笑を添えて突如、私へ目配せした。
「なに?」
そのまますっくと立ち上がり、彼はつかつか私に歩み寄った。
「エッ!?」
ぎくりとして、私は思わず後ずさった。顔からどっと冷や汗が噴き出した。
──まさか──
(この馬鹿、今ここでっ……!?)
「ん?」
「どうした霧風?」
皆の視線が私に集まった。私は慌てて背を向けた。と、
「こら、逃げるなよ。」
「……」
退路を断たれ私は観念して項垂れた。彼は皆へと向き直り、突如かしこまって呼びかけた。
「丁度皆さんお集まりだから、この場の全員に立ち会ってもらうぜ。」
「エ?」
「何に。」
「この項羽の、一世一代のプロポーズにさ。」
とん、と私の肩に手を乗せ、項羽は得意げにウインクした。
「ええええぇぇぇっっ!!?」
皆が一斉に仰け反った。どよめきの中、項羽は私へ向き合った。
「これだけ証人用意すれば文句ないだろ。約束は守ったからな。」
(ぐ……)
声が笑っている。やはりこの男を迂闊に突くと手痛いしっぺ返しが待っている。私はつくづく自分の浅はかさを後悔した。
「ちょ、ちょっと待て!! お前らいつの間にそんな仲になってたんだ!?」
「約束って、何の話ですか!?」
「いーから外野は黙ってな。さあ、顔を上げて。」
騒がしい周囲をやんわり制し、項羽はうつむく私にささやいた。皆がしんと静かになった。恐る恐る顔を上げると、彼の方が緊張して下を向いていた。
「……まずはその、待たせて御免。」
うつむいたまま、ぼそりと項羽が切り出した。
「別に、待ってないっ。」
「話終わらすなよ頼むから。」
彼が苦笑した。張り詰めた空気が少しほぐれて、私達はようやく直に視線を合わせた。項羽が再び口を開いた。
「あのさ、間も空いたからもう一度言わせて。オレ、お前が好きなんだ。いつからなのか思い出せないくらい、昔からずっとお前しか見えてなかった。」
頬が熱くなり、私はふっと息をこぼした。誰かがひゅう、と口笛を鳴らした。項羽の瞳が微かに揺れた。
「オレ達はいつも、口を開けば言い争ってばかりだったよな。でもお前は素直じゃないから、つれない態度も好意の裏返しなんだと……半分妄想だけど、ずっとそう思ってたよ。そのくせ時々、本気で毛嫌いされてるんじゃないかと不安にもなった。強気になったり弱気になったり、うだうだ馬鹿みたいに悩んでた。」
一言一言を噛み締めるように、項羽はゆっくり言葉を選んでいた。私はその全てを胸に刻みたくて、黙って聞き入っていた。
「でも、確信したんだ。オレを里に連れ帰ってくれたのも、記憶を取り戻すきっかけを探してくれたのも、炎の中からオレを助け出してくれたのも全部お前だった。お前がいたからオレは今ここにいる。オレ達の運命はもう決まってて、これ以上遠回りは要らないって。約束する。これから先何度お前のこと忘れても、また何度でも思い出すよ。だから……」
そっと項羽を見上げる。視線が触れ合い、彼は照れ臭そうにうつむいた。少しためらい、そしてもう一度、顔を上げた。
「……返事、聞かせてほしい。」
胸が一杯になり、私は思わず目を閉じた。風魔の曲者と称された男。その彼が無防備な素顔をさらけ出して今、私の前に立っている。
──!──
不意に、蝉の声が聞こえたような気がした。緑薫る林の中、木漏れ日を浴びて項羽が立っている。心を揺らす言葉。胸の深くへ射し込む、夏の太陽のような眼差し。私の想いはあの夏の日、既に一つに定まっていた。
(……今更、迷うことなど何もない。)
私はそっと目を開けた。胸が高鳴り、深く息を吸い込んだ。項羽が私を見つめている。皆も固唾を呑んで私の言葉を待っている。自然と表情が和らいで、私は静かに口を開いた。
「答えは────」
[完]