いい天気だなぁ! 爽やかで涼しくて、風と太陽と空の碧さがこんなにピッタリ一致する日は聖地にだってなかなかないよ。執務室にこもってるのはもったいないから昼休みを兼ねて庭園へ散歩に行こうかな。…俺は一つ伸びをして、書きかけの惑星調査レポートを文鎮の下に置いた。きっとこんな日は庭園にも大勢の人がいるだろうな。
「こんにちは、ランディ様!」
「こんにちは!」
思った通りだ。沢山の人が眩しい太陽に誘われて庭園にやってきてる。あ、あのカップルまたベンチで楽しそうにしてる。いいなぁ、俺にもあんな可愛い彼女がいたら…なんて言ってるから
オスカー様にからかわれるんだよな、きっと。第一それ以前に女の子の眼を見て普通に話せるくらいになりたいよ…あーあ。
…なんて考えながら歩いてたら、東屋のベンチに人だかりしているのが見えた。オスカー様にセイランさん、そしてゼフェルとオリヴィエ様だ。守護聖&教官の過激派集団…というか、俺に会うと必ずからかいの言葉を向けてくる四人だ。
「お~や、いいトコに純情熱血ボーイが来たみたいだよ☆」
うわっ、オリヴィエ様に見つかってしまった。
「やあランディ様、面白いことやってるんだけど貴方も来てみない?」
「お前も実験しないか? お前の好みのタイプも興味深いしな。」
セイランさんとオスカー様の言葉に首を傾げて近づくと、ゼフェルが抱えるノートパソコンを他の三人が覗き込んでいるところだった。
「何やっているんですか?」
「あぁ、コンピュータで好みの女の顔を作るんだよ。
登録されてるパーツを組み合わせてモンタージュを作るんだぜ。」
オスカー様に尋ねたつもりだったけど答えたのはゼフェルだった。画面を見てみるとそこにはのっぺらぼうの輪郭や様々な形の顔のパーツが並んでいて、好きなのを選んで色々な顔を作れる仕組みになっていた。ア然とする俺の横からオリヴィエ様が手を伸ばして画面を操作すると、そこにメークばっちりの華やかな顔が現れた。
「で、これが私の作った理想のビ・ジョ☆ どう? 美人でしょ~♪」
「…何かオリヴィエ様に似てません?」
「だ・か・ら、理想って言ったじゃな~い。」
「気色悪い冗談はやめろ。本当の美女ってのはこういうのを言うんだ。」
オスカー様がキーを操作して、画面上に繊細そうな白い顔が現れた。誰かに似ているような気がするなぁ…気のせいかな。しっかし、オスカー様がいつも声をかける女性はもっとケバくて遊んでそうな人ばっかなのに。思わずオリヴィエ様と目を合わせると、向こうも苦笑い…いや、完全に鼻で笑っていた。
「オメーもやってみろよ。けっこーハマるぜ。」
「理想像じゃなくても実在の人物に似せることもできますしね。」
そういってセイランさんが軽くキーを押すと、そこに現れたのはマルセルそっくりの可愛い女の子だった。「僕が作ったんですよ」とセイランさんは軽く笑って見せた。
「…じゃあ俺も作ってみようかなぁ。」
「よぉ~し、そう来なくっちゃ☆」
「まずは顔の形を決めないとな。」
「うーん…じゃあ3番に…でも後からまた迷うかもなぁ。」
「後からいくらでも変えられるから、 決まらなかったらテキトーに入れとけよ。」
気がついたらみんな、俺の好みの女の子とやらに興味津々といった顔だ。
「眼はどうしますか?」
「うーん…ちょっと吊り気味の…睫毛が長くて…あ、もう少し勝ち気な感じの…」
「じゃあ16番かな?」
「いや、もう少し二重がきつくて……」
「じゃあ19番。」
「何か違うなぁ…。眼と眼の間をもう少し離せないのかゼフェル?」
「このパネルで変えられるぜ。ほら…」
「あ、ストップ! その辺で!」
眉毛や鼻も加えて、大分それっぽくなってきた。でも…改めて見ると何で俺、こんな女の子作っているんだ!? すっごい綺麗な人なんだけど、醒めた眼でこっちを見るような…ハッキリ言って「そっけない」感じの女性。俺の好きな子ってこんな感じなのかなホントに。
「何かさー、意外だよね。勝ち気を通り越してキツそうじゃない?」
「オメーの好みってもっとフワフワしたタイプだと思ってたけどなぁ。 すげーワガママそうな女~。」
「何だよっ、そこまで言うことないだろう!?」
「まあ出来上がるまでは何とも言えないからね。唇は?」
オリヴィエ様の声で我に返って俺はパレットを眺めた。うわ…女の子の唇だけが並んだモニターは見ているだけで照れくさくなってくる。
「おいおい、何紅くなってるんだお前?」
「まったく~、ウブで可愛い坊やだねぇ☆」
オスカー様達にからかわれるとますますやりにくい。
「か、貸してくれよっ!」
ゼフェルの膝の上からノートパソコンを取り上げて、俺は隠すような格好で画面を操作した。
柔らかそうな唇は可愛いけど、この顔には似合わない。もっとひんやりした、体温を感じさせないような唇…開けば愛のささやきよりも、つれない言葉ばかりが漏れてくるような…人形みたいなパーツこそがしっくり来るような気がする。
「…うわっ、コワっ!!」
急に背後から大きな声がして俺の方が飛び上がった。振り返るとセイランさんが変なものを見るような眼で画面を覗き込んでいた。
「なっ、勝手に見ないで下さいよっっ!!」
「信じられない! 貴方こんな女性が好きなの!?」
「おい、ひょっとしてお前、自虐傾向があるんじゃないのか!?」
「絶対このコあんたのコトいじめそうだよ!」
「オメー将来絶対女に振り回されるタイプだぜ! 気をつけろよ!!」
みんなが俺の作った女の子の顔を見て大きな声で騒ぎ立てた。オスカー様やゼフェルなんか本気で俺のこと心配そうな顔で見ている。な、何もそんな顔しなくてもいいだろう!?
「…まあ、丸坊主のままじゃ可哀想だから髪の毛つけてあげようよ。どれくらいの長さ? 色は? まっすぐ? ウェーブ?」
「…いや、もう好きにして下さい…」
「こら、あんたの好みのコなんだからあんたが責任持って仕上げなよ。」
「そうそう、お前が途中でやめるとこの女性は パンチパーマで放り出される可能性なきにしもあらず、なんだぜ。」
それだけはやめてくれっ! そんなわけで俺が選んだのは、肩をようやく越えるくらいのまっすぐな黒髪だった。
「……意外……。」
「驚いたなぁ…これがあんたの理想像、ねぇ…。」
「まあ落とし甲斐のある女性ではあるが、な。」
呆れたみんなの声を無視して俺は画面を見つめた。人形のような女性だった…抜けるような白い肌は陶器のような冷たさで、風になびく髪は細く柔らかい。長い睫毛はほんの少し灯りの下でも影を作るだろう。そして彼女は俺の言葉一つ一つに時には笑い、時には怒って…その表情を変えるだろう…。
「ちょっと、ランディ様!?」
セイランさんに肩を掴まれて俺は我に返った。
「まったく、妄想の天才なんだからアンタは!」
呆れ果てた声でオリヴィエ様が俺をたしなめた。大失態…。
「まーいいや、こいつ持ってってみんなに感想聞いてこようぜ! ランディの好みだって絶対誰もわかんねーよ、きっと。」
「それよかさ、ジュリアスに秘密で外界に行って このモンタージュとよく似た女のコ探してくる方が面白いよ♪」
「それいいな! おいオスカー、あんたも来るか?」
「…そうだな、せっかく天気もいいし行って来るか。お前も来るよな?」
オスカー様がセイランさんを振り返った。セイランさんは小さく肩をすくめた。
「いえ、ちょっと用事があるので。」
「つまんないなぁ。じゃあ行こうか☆」
オリヴィエ様の言葉にオスカー様とゼフェルは頷いて立ち上がった。
「あ、これはオメーにやるからよ。」
「え、あ! ちょっとっ!!」
ゼフェルは携帯用のプリンタで肖像を印刷して手渡してくれた。
「…それにしても、」
「え?」
一人残ったセイランさんが俺の作ったモンタージュを手に取ってしげしげと眺めた。その視線の冷ややかさが、セイランさんがこの女性に対して好意を抱けない様子をハッキリ示していた。
「僕が貴方の恋のライバルになることは絶対なさそうだね。」
「え…セイランさんはこういうタイプ、ダメですか?」
「全く魅力を感じない。綺麗だけどキツそうだし気分屋っぽいし、わがままで他人を振り回す人。優しさや思いやりが欠如した顔だね。」
俺はカチンと来て、セイランさんを睨んだ。
「何ですか、その言い草!! 俺の好きな子がどんな人だって貴方には関係ありませんよっ!! 大体それ、全部貴方に当てはまっていることでしょう!?」
「えっ!?」
…しばらく…多分五秒くらい…沈黙が続いた。反撃を覚悟して身構えていたのにセイランさんは言い返すどころか、見たことないほどの真っ赤な顔で急に黙って…驚いた俺はおずおずと尋ねた。
「…あの、何か…?」
「あ、あ…いやっ、気を悪くしたなら…ごめん!」
「え? あの、ちょっと…?」
「ごめん、何でもない!!」
「はあ?」
「あっ、あの、用事あるから僕は帰るよっ! じゃあっ!!」
何が起こったのかさっぱり分からず、俺は呆然とセイランさんを見送った。
†
夕暮れの風は柔らかく、昼間あんなに碧かった空は西の方角から橙・紅・紫の鮮やかなグラデーションに染まっていた。そろそろ家に帰ろう…宮殿を出て庭園を抜ける寄り道コースが俺のお気に入りの散歩道だ。昼間のざわめきもこの時間にはなくなって、ただ噴水の水と風に揺れる木の葉だけが音を立てていた。
「…あれ…?」
庭園の噴水の陰に誰かいる。いつもならリュミエール様かなと思うトコだけど、さっき馬車に乗って帰ってしまったから違うはずだ。何となく気になって足を進め、俺は息を呑んだ。
「…!…」
そこには…俺が今までに見たこともないくらい…綺麗な人がいた。白いシャツをラフに着こなし、夕暮れの風に髪の毛をとかせてその人は遠い高台の方をぼんやりと見つめていた。こちらからは横顔しか見えなかったけど、その白い横顔はどこか淋しそうで…思わず近づいた瞬間、その人が振り返った。
「…ランディ様!?」
「えっ!? …わああああぁっ!!」
「なっ、何だよっ!!」
俺の素っ頓狂な声に、向こうも危うく噴水に落っこちるんじゃないかっていうくらいに驚いた。でも…
「せっ…セイランさん……!?」
…俺だって心臓が止まるかと思ったよ! かなりヤバかった…俺が一瞬でも「綺麗だ」と思った相手がまさか…セイランさんだったなんてっ!! 一生の不覚~っ!!
「こんな時間に何してるんですかっ!?」
「別に…風が気持ちよかったから当たってただけ…貴方の足音に気づくまで詩を作ってましたけど。貴方は帰るところ?」
「…ええ。」
セイランさんの顔に浮かんでいたあの淋しそうな影は何だったんだろう…。気になったけど、訊いたところでまともな答えは期待できない。髪を掻き上げるセイランさんをぼんやり眺めてやっと納得した。そうか、気づかなかったわけだ。俺がさっき見たセイランさんは、髪の毛でいつも隠れて見えない左側の横顔だった。この人…見せない素顔に俺達が伺い知ることもできないような色んな悲しいことを隠しているのかもしれないな。
「…で、何だったの。」
「何がですか?」
「さっきの大声の理由ですよ。僕がここにいることがそんなに意外?」
いっ、言えないっ!!
「そ、そっちこそさっき何で急に逃げ出したんですかっ!! あの女の子が何かしたんですか!?」
この台詞は予想外の効果を持っていたようで、セイランさんは急にさっきと同じように黙り込んでしまった。しばらく俺の顔と地面を見比べるようにしていたセイランさんは、やっとの事で重い口を開いた。
「…貴方さ、不注意な発言には気をつけた方がいいと思うよ。」
「…俺が何かしたんですか?」
「だから…貴方さっき言ったじゃないか。 僕に『全部当てはまる』って…あのモンタージュの……」
「…?…」
「だから…だからさぁ…」
「何なんですか…?」
急にセイランさんが立ち上がった。
「この超鈍感っ!! 僕だって言いたくないんだからさっさと気付けよっっ!!」
いきなりセイランさんがキレた。大声にびっくりして俺はセイランさんの顔を見た…薄暗いせいでその顔はよく見えなかったけど。
「いいよもう、僕は帰る!!」
「何なんですかっ! 俺が鈍いって…そんなことくらいとっくの昔に分かってることでしょう!?」
「僕は、鈍いにも程があるって言ってるんだよっ!!」
「何ですか、貴方がハッキリ言わないのが悪いんでしょう!?」
「だからもーいい!!」
そこまで言った時、急に庭園の街灯がついて一旦言い争いがやんだ。暗くなると自動的に点灯する仕掛けだ。お互いの顔がよく見えるようになって俺は驚いた。セイランさんの顔がさっきと同じくらい紅くなっていた。
「…どうしたんですか、顔…紅いですけど…。」
「えっ!?」
セイランさんは慌てて顔を逸らした。さっきから何なんだ? 今日のこの人はいつもと何か違う。
「…あの、セイランさん?」
「ごめん…やっぱり帰るよ僕。」
セイランさんはさっきまでの興奮を抑えようと、軽く息を整える仕草をした。しばらく俺から視線を逸らし、遠くの地面を無意味に見つめて一瞬だけ俺を振り返った。
「じゃあ…さよなら。」
「?……あ……!!」
…俺を振り返ったセイランさんの瞳はいつもと変わらない冷ややかさだった…変わり身の早さもすごいけど、俺が驚いたのはそうじゃなかった……
「ちょっと、ちょっと待ってっ!!」
「なに、何だよ!?」
「やっ…やっぱりっっ……!!」
俺は全身の血の気が一気に引くのを感じた。俺とセイランさんの視線がぶつかり…そのまま止まった。短い時間だったけど俺には30秒にも1分にも感じられた…。この人…今気づいたけど、さっき俺が作ったあの子……あの冷たく勝ち気そうな彼女のモンタージュに…瓜二つだっ!!
「あ…あ…ああああ……」
「な、どうしたのっ!?」
「うわあああああ~っ!!」
「ちょっと、ねえ、何があったんだよ!!」
「何でもないっ、何でもないんだあああああぁぁ…!!」
セイランさんが蒼い顔で心配そうに俺を見ている。そうか…やっと分かった。セイランさんが今まで見たこともないような慌て様だった理由…。俺は大変な事実に気づいてしまったのだ。自分の理想像と思っていた女の子が……この人そのものだったなんてっ!!
「でっ、帰る話だったんですよねっ!! じゃーさよならっ!!」
「ど、どうしたんだよ本当に!!」
「俺は大丈夫ですっ! 心配しなくていーからっ!!」
慌ててその場を逃げ出す俺をセイランさんは本当に不安そうな顔で見つめていた。
†
「あ、オスカー様こんにちは!」
「ランディ、丁度いいところに。…お前この間セイランとの間に何かあったのか?」
「え…?」
数日後…宮殿の廊下でオスカー様とすれ違った。問いかけにすっとぼけると、オスカー様は少し険しい顔をして俺の耳元で囁いた。
「実はな、セイランがすごく気にしているんだ。避けられてるみたいだが、気に障ることでもあったのか…とな。」
「そ、それは……」
そりゃあ避けたくもなるよ…。全く意識してなかったうちは単なる嫌味な人 (…いや、楽しいところもあるし、それなりにいい人だけど) だったセイランさんが、あの日から急に俺にとって危険な存在になったことは間違いないんだから。俺は…ここで敢えて大きな声で言おう。アブノーマルだけは絶対にヤバいっっ!!
「…あ、ランディ様っ!!」
「えっ!? …うわああっ、セイランさんっ!?」
向こうから俺とオスカー様の姿を認めて近づいてきたのはセイランさん本人だった。逃げ出そうとする俺の衿をしっかり捕まえ、オスカー様はそのまま俺をセイランさんに突き出した。
「取りあえず、お望み通り捕獲しておいたぜ。」
「ああ、有難うございますオスカー様。」
「いやあ~っ!! 離してくれえ~っ!!」
「だから何で避けるの!? 理由があるならハッキリ言ってくれよ!」
「言えるかぁ~っ!!」
俺は自分そのものを否定するかのように大きく首を振った。そう、俺が好きなタイプの女の子はセイランさん「みたいに」ちょっとつれなくて勝ち気で気まぐれで、でも笑った時がとびっきり可愛い子。決してセイランさん「そのもの」じゃない!! …なのにセイランさんは心配そうな顔で俺の眼を覗き込んで、小さな声で問いかけてきた。
「ひょっとして、あのモンタージュのこと?」
心臓が口から飛び出すかと思った。真っ赤な顔で俺がうつむく。何のことか分からないオスカー様が俺とセイランさんの顔を見比べている。セイランさんは少し沈黙し、俺の耳元で、オスカー様に聞こえないように囁いた。
「ありがと、嬉しかったよ。」
「!!」
俺が慌ててセイランさんの顔を見ようとした時、セイランさんはもう後ろ姿しか見えなくて…足早に廊下を去っていった。大きく深呼吸し、俺はオスカー様の手を振り払って執務室へと一目散に逃げ帰った。